長谷川 奈緒

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自己紹介

カウンセリングルーム
Ally’s Garden(アリーズガーデン)
代表/カウンセラー


【親の手やお金がかからないように気を使う10代】

父親が社会不適応(当時はわかりませんでしたが)で社会性がなかったので(一人で仕事以外に出かけることや家計管理ができない)
母親が全てを仕切っていました。

そのため、経済的にも家のリーダーとしても頼れる父親像にあこがれていました。

「兄と違って、手がかからない子で」と親が私に対していっていたことの意味は、「私に手をかけさせないで自分でなんでもやって」ということだと思って、人に頼ることはよくないことだと考える子供でした。

親の収入が少なく、高校の公立校の学費の支払いも厳しい経済状況でした。

高校受験までは成績がよかったので奨学金をもらうことが出来きましたが、(卒業後、返済が必要)、日の当たらない風呂なし狭小住宅に住んでいました。


【希望の会社に就職できず挫折】

旅行と英語が好きでした。
そのため、旅行関係か英語を使う仕事に就きたかったのですが、
採用されず全く希望していない会社に就職しました。


【2年足らずで離婚、引きこもりの日々】

当時、「腰掛OL」と言われ、就職して2,3年で寿退社をすることが王道だったので、大学時代から付き合っていた男性と24歳で結婚しました。
ところが、パートナーの転勤のため、インターネットも携帯もまだない時に、生まれ育った東京から、交通手段が車しかない遠く離れた九州地方に、住むことになりました。


結婚後にその結婚相手が社会不適応で、言うことの半分以上が嘘だったことが、判明。
さらに職場の女性と付き合うは、体調が悪いと頻繁に会社を休むなどの状況で、引越し先は遠方で、知っている人は誰もおらず、親にも心配かけられないと、誰にも相談できず、一人思い悩んでいました。

東京に戻っていた時、友人に色々相談しているうちに、結婚生活がうまくいっていない原因がはっきりわかった時のことは、今でもはっきり覚えています。
そして、結婚2年足らずで離婚。
それまでまじめに生活をし、悪いこともしていないのに
どうして私がこんな目に合うのかとくよくよする毎日を送る日々。

離婚直後はショックで家に引きこもっていました。

しかし、当時を振り返ると自分を見つめ直すいい機会だったと思います。その後、就職活動をし、自分の勤めたいと思っていた、
旅行会社に勤め、イギリスにホームステイもできました。


【事務職から職種を変えた30代】

事務職だと将来限界が来ると考えて、
PCのユーザーサポートに仕事を変えました。
当時、新しい職業だったユーザーサポートは会社にとっても新しい事業で手探り状態でした。

そのため、会社のサポートがあまりなく、
体制や環境が整っておらず、時給も安く、
当時、電話でのサポートで問い合わせて来る人も相手も

PCを扱うのが初めての人ばかりでした。
そのような中、キツイと多くの同僚が辞めていきました。


【外資系企業に転職】

私はどうにか、忍耐強く続け、ユーザーサポートの経験が買われて、外資系のIT企業に正社員として採用してされました。
入社してしばらく、所属していた部署は、
ごたごたしている状態で対応に追われ、
5時過ぎにやっと自分の仕事に手を付けられるような状況でした。


【自己啓発に励む】

30代前半、どうしたらキャリアアップできるか、収入が増えるかを
考え、ビジネス書など実用書を読み、ビジネスセミナーに行き、自己啓発を心がけました。
そのおかげで、収入もかなり増え、効率よく業務をこなして、
残業をする事も少なかったように思います。
有給休暇も計画的に取得でき、趣味の旅行も行くことができました。


【通信制大学に編入、学士を取得】

短大卒だと大学卒が条件の仕事に応募できない事もあるため、
31歳の時に、通信制の大学に3年時から編入し、学士を得ることができました。

会社の人員整理で退職するはめになり、再就職が必要となりましたが、のちにその点が認められ、次の仕事にすぐに採用されました。


【パワハラにあう】

入社2年目に年配の男性上司からパワハラを受け、心身ともに具合が悪くなりました。
当時は自分にも非があるのかもしれないと思いましたが、
感情的に他の人に人の前で怒鳴ったりするなど、明らかにパワハラでした。
その時に相談していた方に、しばらくしたらその人いなくなるわよと言われて、耐え忍んでいました。
本当にその通りになって、その上司は、パワハラ以外でも言動がおかしかったので、しばらくして干されて退職となりました。

その時、誰かに相談するということはとても大切であることを実感しました。


【仕事にやりがいを見出せない日々】

マネージャーになって最初にマネージメントをした社員の何人かはメンタル的に問題ある手のかかる人たちでした。

同僚内の仲たがいを収めるのに奔走し、扱いにとても神経をすり減らしました。
やりがいのない仕事、ストレスの溜まる仕事で毎日週末が来るのだけが楽しみで、休みが終わる日はいつも憂鬱でしかたがありませんでした。

生活のため、収入のために働くのだと割り切っていましたが、時間の大半をやりたくない仕事、通勤時間に費やす生活を続けることは
後々きっと後悔することになると思い始めていました。


【カウンセラーになろうと考えた理由】

同僚が自殺し、当初とてもショックを受けました。
顔見知り程度の方でしたが、たまたま震災が起きた日に帰り路に一緒になり、電車が止まり、帰宅できなくなったため共に行動し、
公衆電話を探した出来事があった2カ月半後の事でした。

その時、家族のことをとても心配していたのに心の病を患うと、
残される家族のことに考えが及ばない状態になってしまうのだと実感しました
同じような人がでないようにと考え、カウンセラーになることを決意。
仕事帰りに週2回、毎回2時間半のスクールに通い、苦労の末にカウンセラーの資格を取得しました。

その後、同僚や友人、知人の相談にのったり、Yahoo知恵袋で、会社のことで悩んでいる人への回答を行ってきました。

多くの女性が仕事についての悩み、
プライベートを楽しめていないことを痛感して、働く女性のための
ハッピーワークライフコーチング、カウンセリングをしています。

現在は、思い描いたマイホーム、マイカー、マイドッグを得ることができ、自営の仕事、プライベートを自分の最適なバランスで、
毎日充実した生活を満喫中です。

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